品種: サラブレッド
性別:牡
毛色:鹿毛
生誕:1987年3月21日(23歳)
父:メジロイーグル
母:メジロファンタジー
母の父:ゲイメセン
生国:日本(北海道伊達市)
生産:メジロ牧場
馬主:(有)メジロ牧場
調教師:大久保正陽(栗東)
生涯成績:38戦9勝(うち障害2戦1勝)
獲得賞金:5億3674万2200円
1992年年のJRA賞最優秀5歳以上牡馬および最優秀父内国産馬で逃げ馬として有名。
障害競走転向から平地競走に復帰しGI競走に優勝した唯一の馬。
1987年8月にデビュー。初戦と第2戦は2着となる。
3戦目で初勝利を挙げると次走の走のオープン特別戦でも勝利する。
しかし、その後良い成績を上げられず、6戦目の京都3歳ステークスの競走後に左後脚の骨折が判明。
長期休養を余儀なくされた。
翌年6月に復帰するも、重賞初出走となった函館記念の競走後に再び骨折。
再度長期療養を取ることとなった。
その後復帰戦で12着と大敗。
これを機に障害転向を検討することに。平地競走と同時に障害練習も開始された。
その後初のGI天皇賞(春)に出走するも13位に終わる。
500万下クラスの初戦を2位としたが、次走の十勝岳特別では大差で逃げ切り、約1年9ヶ月振りに勝利した。
続く札幌記念でも勝利し、重賞初勝利を挙げる。
しかし、10月の京都大賞典では最下位になり、これ機に障害転向が決定した。
11月に障害競走デビューを飾るもここでも思うような結果は挙げられなかった。
飛越が下手であったこともあり、たった2戦のみで障害に見切りを付け、休養に入った。
復帰戦を4着、続く天皇賞(春)も7着と相変わらずの成績だった。
しかし、次走の新潟大賞典では半年ぶりに勝利し、迎えた宝塚記念。
有力馬であったメジロマックイーンが骨折のため不在ということもあり、2着に3馬身差を付けて逃げ切り、見事GI初制覇を果たした。
しかし、京都大賞典で9着、天皇賞(秋)では17着の結果となり、宝塚記念はまぐれと評された。
そして、次走の有馬記念。15番人気という評価にもかかわらず、序盤から単騎逃げでレースを先導。
そのまま10数馬身差をつけ走り、最後は追い込まれるもハナ差逃げ切り史上4頭目の春秋グランプリ連覇を果たした。
当時、馬連配当3万1550円は、有馬記念史上最高の払戻額となった。
翌年、阪神大賞典では3分9秒2のレコードタイムで優勝した。
以降7戦に出走するも勝利を上げられず、日経新春杯を最後に引退した。